2009年3月 訪問


和歌山県と淡路島の間、紀淡海峡に浮かぶ小さな4つの島。
沖ノ島、地ノ島、虎島、神島、この4島を総じて友ヶ島といいます。
この島は明治の半ばから大東亜戦争終了時まで京阪神を守る防衛ラインとして全島が軍事要塞化され
一般人が立ち入ることは禁止されていました。

紀淡海峡を形成する和歌山側の加太、田倉崎、そして淡路島側の生石山、成山、
そして海峡の真ん中に位置するこの友ヶ島、
それぞれに砲台が設置され、由良要塞と総称されています。

和歌山市街から少し走り、こじんまりした加太港からフェリーに乗るのが一般的な渡島となります。
島は半無人島なので宿泊施設はなく (建ってはいるが営業は夏シーズン中だけ)
始発(9:00)のフェリーに乗って最終(16:30)で帰るとなると、
島全体に拡散する遺構全てを巡る時間はありません。

ということで最初からポイントを絞って島の西側だけを重点的に散策しました。


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釣り客ばかりを乗せたフェリーに揺られること約20分。
友ヶ島の玄関口である野奈浦桟橋に到着します。


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上陸すると早速砲弾がありました。
看板によれば、友ヶ島の第三砲台、第四砲台に配備されていた8インチ砲の弾丸とのこと。
なかなか期待できそうな滑り出しです。



キャプチャ1
ちなみに桟橋はこんな感じでかなり古い印象を受けます。
桟橋付近の護岸を見てみると、どうやら当時のまま現在に至っているようです。



キャプチャ2
島の内部から続く水路が海まで延びています。
あまり関係なさそうですが、念のため撮影しときます。

この桟橋を拠点として島の西側へ向けて反時計回りで進んでいきます。
ちなみに島には交通機関やレンタサイクルなどは一切ありません。徒歩のみです。
道は舗装されている部分とそうでない箇所 (ほとんど未舗装と言っても過言ではない) があり、歩きにくいとまではいきませんが、
せめてスニーカー程度でないと厳しいと思います。

桟橋から数百m進むと何かの基礎跡がありました。



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兵舎の基礎とか?

間違いなく当時のもののようです。
何らかの施設があったようですが看板もなく不明。
ちなみに案内看板のない施設は全て 『不明』 で片付けます。
以後、この便利な単語 『不明』 を多用乱用しますがご了承ください。
なにせそういった遺構が膨大に存在している島なので、全てを調べるのはとても無理なわけです。はい。

すぐお隣の岩場には階段があり昇ってみると小さな小さな社がポツリ。
この神社は陸軍による要塞化工事が始まった時に、関係者が工事の無事を祈願し建立したものです。



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小さな社ですが、島の要塞化という大工事の安全を祈願した大切な神社だったんですねぇ。

さらに岩場には深く降られた横穴壕も確認。


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備品の貯蔵に使用されていたものでしょうか。
内部はこのようにガラクタが散乱していまいした。
腰をかがめれば内部まで入っていくことができそうですが、やめときます・・・。

海沿いに続く散策路を進むと廃墟と化した小屋がありました。



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敷地は立入禁止の立て看板が置かれています。
夏ともなれば海水浴客が侵入したりするんでしょうか。
民家だったのか宿泊施設だったのか。
とにかく荒れるがままの状態です。

そこから数十m先には営業していない海の家があり、その奥にレンガ造りの建物を発見。



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随分と古いようなので軍事関連に間違いなさそうです。
近づいてみます。


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散乱する漁具やガラクタを踏み越え裏手に回ってみるとこんな感じ。
タンクが転がり窓は鉄板で閉じられていました。
入り口は無さそうなので正面に回ってみます。



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何もこんなところに放置しなくてもとボートがゴロリ。
赤レンガと瓦が妙に艶っぽい建物で明治中期の様相を醸し出しています。



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無理矢理よじ登って、わずかに隙間のある窓から内部をのぞきこんでみればこんな感じでした。
うほぉ。入りたい。廃な雰囲気丸出しで廃墟マニアには堪らん雰囲気なんだろうなぁ。



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この建物の裏手にはダムがありました。
ということは発電所といったあたりでしょうか。

ハシゴがあったので高い位置にある窓から内部へ入れるかもと思いましたが、やっぱり無理がありました。
来た道を戻り、海の家へ引き返します。


キャプチャ3




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海の家に張られていたポスター。
2008年のもので11月に行われたイベントの告知です。
『語り部ウォーク』 とあり、イベント内容では軍事遺産についての項目は記されていませんので
戦時の語り部ではなく、ネイチャーガイドみたいなものでしょうか。
軍事遺産のガイド付きなら是非参加したいところですが。

海の家を過ぎ、一旦海岸線を離れる道を歩いていくと、またまた横穴がありました。



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なかなかデカイ穴で先は真っ暗です。
今回は懐中電灯を持参したので装備的には問題ありませんが、心理的に無理です。



キャプチャ4
島の要塞化に伴って造られたであろう石垣です。
そして先ほどの発電所らしき遺構の裏にあったダムです。今は使われることがないので水は澱みきっていました。

この道を数分歩くと第5砲台跡があります。



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第5砲台跡入り口。
ゾクゾクするような入り口で雰囲気があります。



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門柱のようです。手間かけてレンガで作ってますねぇ。基礎で余ったレンガかな。
この狭くなった入り口を通過すると巨大な建造物が待ちかまえていました。



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ありゃま。ボッロボロ(´Д`;)

傷みが激しく朽ち果てる寸前といったところですが、建てられた時代を考えると木造で
ここまで残っている遺構も珍しいのではないでしょうか。

弾薬庫っぽいですね。



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正面から。



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建物内部。
天井から木材が落下してこないかと不安になります。



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キャプチャ5
左はレンガの基礎部分。
底面は板チョコのような変わった形をしています。
湿気対策でしょうか。
今は上部の建物が朽ち果ててしまっていますが、かつては土台全体に何かの箱があったはずです。

右は何かさっぱりわかりません。防火用の水か何か溜めておいたものでしょうか。



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山の斜面側はこのように外壁も残っています。見ようによっては蔵のようです。



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建物の前には大きめな排水溝がありました。
人が楽々歩けるほどの幅があります。その先には暗闇へと続く地下への入り口。
懐中電灯を握り締め・・・
やっぱり無理です(笑)



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次は友ヶ島第2砲台跡へ向かいます。



木造の弾薬庫が残る第5砲台跡はコチラ。