どもど~も(*´ω`)/
またまた古いネタをアップしていきますが、2015年の写真なので現在はどうなっていることやら。
ではでは遊郭、赤線ネタとなりますが、岐阜が誇る青線地帯『国際園』どうぞ。


元々は金の御朱印で有名な金神社境内において、戦後の私娼窟として共栄園という名で形成され、その後は金津園との距離感を保つよう、JRの岐阜駅を挟んで反対側となる北側の繊維街へと移転し、国際園と名を変え非合法な青線地帯として存在していくんですねぇ。

それとなくあたくしの親に聞いてみたら国際園の存在は知らないとのことでしたが、共栄園があった頃の金神社周辺の記憶はうっすらながらあるみたいで、当時は随分と治安が悪く、立ちんぼもよく見かけたことがあるとか言っておりました。そんな場所だったのでよほどの用事がない限りあまり近づかなかったみたい。
今はすっかり整備されて市民の憩いの場になってる金神社周辺ですが、そんな過去を知る人も数少ないんでしょうねぇ。


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トタンのアーケードが続く岐阜駅前の繊維街。
戦後はハルピン街ともよばれ今もレトロな雰囲気が残る区域ですね。
青線だった国際園は繊維街のすぐお隣にあって、今も当時の遺構を見ることができるんですねぇ。



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国際園は現在の花園町という場所にありました。
いかにもな町名となっております。



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国際という名が残る電柱番号札。



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こちらは国際を冠する美容院。



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国際園のランドマークといえばこちらも建物ですねぇ。
モロ青線ちっくな長屋造りでL字型にちいさなスナック類が連続しますが、どれも廃墟化し営業はしていないようです。



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古い室外機とモルタルの壁。
令和となった今も取り壊されずに存在しているのが奇跡的で、明日あさって、いつ消えても不思議じゃないですねぇ。



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このミカドを中心に国際園だった頃の関連物件がギュっと密集していますので、すべてを見てまわるのに全然時間がかかりません。



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ミカドの隣にある和風な建物。
旅館だったのか料理屋さんだったのか、なかなか豪華な外観をしています。



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隣は駐車場となっています。かつては遺構があったのかもしれませんねぇ。



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鉄平石とモザイクタイルの装飾が素敵なお宅。



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スナック、お茶漬け屋さん、居酒屋さん、そのほとんどは今となっては営業していません。



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全国的に知られた岐阜の繊維業だけに、国際園が繊維街に隣接しているということで全国から訪れる買付客が金津園とともにこの国際園を訪れたことでしょうねぇ。



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こういった三階建ての建物が多いですねぇ。



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カフェーちっくな雰囲気がよく残るこちら建物は、外壁のリフォームもなく当時の雰囲気をよく留めていると思います。左側の同色の建物とコの字型に繋がっています。
コーナーのプレートには屋号か何か装飾があったのかもしれません。



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こちらも三階建ての大きめ物件。
外壁がやたら綺麗に塗りなおされていますので一見すと無関係のように見えますが、国際園の遺構だと思われます。


『国際園に行ってきました』②へ続きます。