~ 八重山平和祈念館 ~


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沖縄本島にある平和祈念資料館の分館として設立された八重山平和祈念館。
本家は巨大な施設ですが、こちらはこじんまりした感じ。



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八重山での戦争といえば、やはり戦争マラリアの印象が強く、展示内容もそれにまつわる資料が多いです。


戦争マラリアとは・・・

『第二次世界大戦時、沖縄本島周辺では非常に激しい戦闘が行われたが、八重山諸島においては上陸作戦は行われず、空襲や艦砲射撃による攻撃を受けた。その中で、一部地域で住民の疎開が行われ、しかもマラリアの発生する地域に疎開が行われたために、多くの人がマラリアに罹患し、多くの死者を出した。これが戦争マラリアと呼ばれる所以である。マラリアは戦争中の物資や人間の移動、栄養状況の悪化から県内の他地域に広がり、沖縄県各地で被害者を出したが、八重山では直接の戦争被害よりマラリアの被害が突出している』


と、ウィキから丸写しの術。

この手の資料館は撮影禁止が常ですが、ここは寛大にも撮影OK。
ただほんの一部に限り著作権の問題上、撮影を禁止しているパネルがあるだけ。



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館内はこんな感じです。
軽く眺めていくだけなら10分もかかりません。
もちろんじっくり時間をかけて見学してもらいたいですね。



キャプチャ


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一番強く印象に残るのはこの人形でしょうか。
マラリアによって高熱に苦しむ母子像です。


『マラリアはマラリア原虫を持った蚊に刺されることによって感染します。まず寒気で身体が震え、その後40度近くに体温が上昇します。この震えと高熱がマラリアの種類によって2日(48時間)、3日(72時間)ごとに繰りかえされ、次第に体力が衰えます。体内では赤血球が破壊され死に至ることも多い病気です。戦時中は体温の上昇を抑えるために芭蕉の幹を枕にして、頭に井戸水を掛け流し、子供は水にぬらした桑の葉を額にのせていました。また特効薬が手に入らず、「にがば」や「よもぎ」の青汁を薬のかわりに飲むことが多くありました』


(* =_=) う~む・・・。




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戦争とはただドンパチだけでなく、こういう間接的な悲劇も生み出すんですねぇ。



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西表島は全域が有病地帯。



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こちらの展示は白水地区の戦争遺跡ジオラマ。
戦跡の位置、施設の種類等を細かく案内している展示は珍しいです。


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~ 慰霊碑 ~


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バンナ公園にあった八重山戦争マラリア犠牲者慰霊之碑。



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球6463部隊の慰霊碑。



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魂魄之碑。



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そしてこれが八重守之塔。
日露戦争後の各戦役において散華された八重山群島出身軍人、軍属戦闘協力者、学徒隊を慰霊する碑。



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公園の敷地内といえどこの周辺は空気が重いです。




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第ニ八師団第三野戦病院の本部跡に建立されている暁之塔。
八重山高等女学校をはじめとする老若男女を准看護婦として臨時招集し、
戦時下においてマラリアに羅患し倒れていった諸霊を合祀している塔。




石垣島平和祈念館は中心街から程近いので訪れやすいです。
すぐ近くには具志堅用高記念館もあるので合わせてどうぞ。